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SOWACAFE DIARY

自家焙煎 真岡珈琲豆舎 ソワカフェ の日記

"I do not consider the sale complete until goods are worn out and costomer still satisfied."  - Leon Leonwood Bean 1916
「私は売れた商品がボロボロになるまで使われ、なおかつお客様がその時点で満足していることで物販は成立すると考える。」  - レオン・レオンウッド・ビーン (1916年)

 ■出店予定日時、場所は、ホームページに記載致しますのでご覧ください。→【こちら

アメリカで「生産者支援」「フェアトレード」というのは、それくらいに大きな、政治運動としての歴史があるもの。

久しぶりに、y_tambeさんのツイートを引用、って言うか転載。

フェアトレード珈琲豆、もちろん興味あるのですが、、、近所で作っていない、国際的な換金作物なこともあり、とっても難しです。有機農法熱帯雨林保護などなどの珈琲豆とともに、扱いたいような、どうしようか、ごにょごにょ。逗子市の「フェアトレードタウン運動」もとっても興味深いし、、、

当方はあくまでコモディティ豆(普通の豆)の取り扱いをメインにして焙煎、販売していこう、と思っていたのですが、、、だって、難しかったり、怪しかったり、自分がわからないことだらけなのに、それを冠して販売するのは気がひけると思いませんか。

でもしかし、わからないからなにもしない、ってのはいかんですよね。でもって、少し勉強! 私の信頼している y_tambe さんのtweetの転載。たかが珈琲豆、内紛あり戦争あり搾取あり虐殺ありCIAあり、、、あーあ。歴史や現実に背を背けて現在日本の豊かな物質文化を脳天気に楽しんでいたほうがどれだけ楽だろう(悩 

(以下転載)

> 有機栽培は消費者の不安を煽り、フェアトレード/ダイレクトトレード/エコ商品は消費者の罪悪感を煽ろうとする。

フェアトレード運動は共産主義の賜物」

フェアトレードコーヒーが生まれた流れは、一本道とも言いがたい部分もあるのだけど。アメリカのポール・カツェフとかネイバー・トゥ・ネイバーみたいな割と「過激派」寄りの人たちと、割と穏当な生協のイコール・エクスチェンジ、フェアトレード認証やってるマックス・ハーフェラール財団があって。

ダイレクト・トレードも良質な生豆を入手するための手段として有効なところがあるし、品質に見合った報酬を支払うべきだという点も、それはそれで一理あるとは思うけど、どっかの誰かみたいにフェアトレードやってるところを攻撃する手段に使われてるのを見ると、なんだかな、という気分になる。 フェアトレード運動の火付け役とも言えるのが、アメリカのサンクスギビング・コーヒー社のポール・カツェフで、彼らの運動は1980年代冷戦下での中米で行われていた、米ソ代理の内戦が背景の、極めて政治色が強い活動

最初の舞台はニカラグア大恐慌時代からずっと、ソモサ家による独裁政権下にあったニカラグアでは、それに対して、共産色の強いサンディニスタ解放戦線が革命を成功させた。当初はコーヒー生産者や農園主にも歓迎されたが、インテリ特有の机上の空論でコーヒー栽培をダメにした元凶でもある。 まともにコーヒー収穫できる人が農園にいなくなって、サンディニスタ政権はアメリカの学生に「コーヒー収穫体験」させたりして。ここからニカラグア生産者と接したアメリカ人たちもいる(アメリカ生協系の活動家はこの流れの人から始まってる)。

革命成功した1978年頃は、アメリカも革命政府に比較的好意的だったが、1980年の米大統領選でレーガンが勝って政権交代したことで態度が一変。ニカラグア内部の反政府組織コントラの結成を支援して、内戦を誘発させた。政府寄りの農園襲撃したりもしたので、生産者にとっては両方迷惑。

サンディニスタ政権が、アメリカから現地視察と称して招いたコーヒー関係者の中にいたのがポール・カツェフで、彼は「現地の窮状を知り、ニカラグア政府(=サンディニスタ政権)を支援する」と表明。「売上げの一部がサンディニスタ政権への寄付になる」と明示したコーヒーを売ったり ニカラグア政府への制裁として輸入が停止されると、レーガン相手に訴訟起こしたり、カナダあたりに迂回し、そこで焙煎した豆を仕入れるという形でどうどうと商売つづけたり、とかなりハデなことをやってメディアを喜ばせた。

次の大きな舞台はエルサルバドル。ここは独裁政権下でものすごい人権侵害が続いてたのだけど政権自体は親米派だったのでアメリカは見てみぬ振りだった。 で、それに対する革命運動(当然、親ソ勢力)が起きると、それを抑えようとアメリカが内政干渉の動きを見せた。 これに米国内の運動家らが反対運動「エルサルバドルでは支配層が、貧しいコーヒー生産者たちを迫害し、搾取している」として、コーヒー企業にエルサルバドル産コーヒーを使うな、と社会運動家らが圧力をかけた。

ネスレとかはこれに応じた。 P&Gが応じずに槍玉に上がった活動家らが「エルサルバドルのコーヒーは生産者の血の味だ」というテレビCMを出し、そのCM流した局からP&Gがスポンサー降りたり、とかそういう方面でもやりあった。

アメリカで「生産者支援」「フェアトレード」というのは、それくらいに大きな、政治運動としての歴史があるもの。

このとき、過激だったのがネイバー・トゥ・ネイバーという市民団体。 例えばアメリカのスペシャルティコーヒー協会(SCAA)が年会を開いたときに、ポール・カツェフは彼らと一緒に押し掛けてきて、血に見立てた赤いペンキをぶちまけたり。当時SCAAはエルサルバドル産扱ってなかったのだけどな。

(転載終わり)

写真は、東チモールでのフェアトレード珈琲豆収穫の様子。(NPO法人パルシックさまの写真を引用)

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